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「"あの時"に時間を戻せたらいいのに、ということはいつも思います。ただ、もしも"あの時"に戻れるとしても、今の自分で戻りたいです。自分まで当時の自分に戻ったら、また同じことを繰り返してしまいそうだからです」

 昨年9月中旬、宮崎刑務所の面会室。2010年に宮崎地裁の裁判員裁判で死刑判決を受け、当時最高裁に上告中だった奥本章寛(27)は、そう率直な思いを口にした。奥本が言う"あの時"とは、自分の手で家族3人を殺めた"あの時"のことだ。

【その他の写真はこちらから→http://tocana.jp/2015/04/post_6301.html】

■「宮崎家族3人殺害事件」とは

 2010年3月1日の早朝5時頃、奥本は宮崎市の自宅で生後5カ月の長男を浴槽の水に沈めて溺死させ、妻(当時24)と養母(同50)をハンマーで撲殺。そして日中はいつも通り会社に出勤して働き、夜9時頃、自宅近くにある会社の資機材置き場で長男の遺体を土中に埋めた。そのうえで第一発見者を装って警察に通報したが、犯行はすぐに露呈し、逮捕。裁判では昨年10月、最高裁に上告を棄却されて死刑が確定し、現在は福岡拘置所に収容されている。

 そんな事件の概略だけを聞くと、奥本に「死刑で当然の凶悪犯」という印象を抱く人は少なくないはずだ。しかし実際には、奥本ほど多くの人から愛され、「生きて償うこと」を望まれている死刑囚は珍しい。何しろ、裁判中に支援者らが集めた減刑の嘆願書は6,000筆を超え、被害者遺族までもが最高裁に「裁判のやり直し」を求める上申書を提出したほどなのだ。

 なぜ、そんなことになったのか。奥本章寛とはどんな人物なのか。

■養母との深刻な関係

 福岡県豊前市の山あいの街で生まれ育った奥本は小中高と剣道部のキャプテンを務め、人あたりもよく、地元では誰からも好かれる少年だった。高校卒業後は自衛隊に入り、勤務地の宮崎で知り合った妻と結婚。結婚を機に水が合わなかった自衛隊を辞め、土木関係の会社に転職したが、まじめな仕事ぶりで社長から信頼されていた。そしてほどなく長男を授かった。

 そんな一見幸せそうな新婚家庭の中で、しかし奥本は毎日苦しんでいた。同居していた養母(妻の母)の存在のためだ。

 養母は奥本が結婚の際に自衛隊を辞めたことと、結納も挙式もしなかったことに強い不満を抱いていた。そして事あるごとに「自衛隊を辞めた時からあんたは気に食わん」「結納も結婚式もしなかった」と奥本を面罵した。…

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